建設業
コンプライアンス
適正と考えられる一人親方とは
投稿日 2022年11月17日 最終更新日 2022年11月18日
建設業界で社会保険加入が進む一方で、法定福利費の削減や働き方改革による長時間労働規制から逃れるため、技能者の個人事業主化(いわゆる偽装一人親方化)が進んでいると言われています。
国は、実態が明らかに雇用労働者と認められる者については、工事現場から排除し、または社員化や社会保険への加入を促す一方で、適正と考えられる一人親方(一人親方として適正に事業を行っている個人事業主)については、保護や排除しない、育成していくことを目的に対策を検討するとしています。 ところで、ここで言う「適正と考えられる一人親方」とは、どのような事業主を言うのでしょうか。以下で、考察します。
1.適正と考えられる一人親方とは
適正と考えられる一人親方とは、請け負った仕事に対し自らの責任で完成させることができる技術力と責任感をもち、現場作業 に従事する個人事業主とされています。この技術力と責任感については、国が以下のとおり例示しています。
(国土交通省「建設業の一人親方問題に関する検討会中間とりまとめ(参考資料)」)
技術力の例 | ・建設業許可の取得・職長クラス、建設キャリアアップシステムレベル3の保有・実務経験年数が10年程度以上や多種の立場を経験 ・専門工事技術のほか、安全衛生等の様々な知識の習得・各種資格の取得 |
責任感の例 | ・建設業法や社会保険関係法令、事業所得の納税等の各種法令を遵守・適正な工期及び請負金額での契約締結・請け負った契約に対し業務を完遂・他社からの信頼や経営力 |
さらに、国は、適正と考えられる一人親方の基準(労働者か事業主かを判断する基準)を以下のとおり示しています。
雇用契約を締結せず、現場作業に従事されている方で、以下の基準の大半を満たさない場合は、偽装一人親方の疑いがあります。雇用契約に切り替えてもらえない場合は転職も選択肢です。
①依頼に対する許諾の自由の有無 | 仕事先から仕事を頼まれたら、 断る自由がある。 |
②業務遂行上の指揮監督の有無 | 毎日の仕事量や配分、進め方は、基本的に 自分の裁量で決定する。 |
③勤務時間の拘束性の有無 | 仕事の就業時間 (始業・終業)は、自分で決められる。 |
④本人の代替性の有無 | 自分の都合が悪くなった場合、頼まれた仕事を代わりの人に行わせることができる。 |
⑤報酬の労務対償性 | 報酬は工事の出来高見合いで決まる。 |
⑥資機材等の負担 | 仕事で使う材料又は機械・器具等は自分で用意している。 |
⑦報酬の額 | 同種の業務に従事する正規従業員と比較した場合、正規従業員よりも高額である。 |
⑧専属性 | 自由に他社の業務に従事することができる。 |
国土交通省「クリーンな雇用・クリーンな請負の 建設業界 一人親方と社員の違いをご存じですか」より
2.一人親方が労働者とされた場合、偽装請負になるか
偽装請負とは、契約の形式が請負契約とされているものの、発注者が直接請負労働者を指揮命令するなど労働者派遣法違反に該当するものを言います。単に一人親方が労働者と認定されただけでは、元請・一次下請け・一人親方の三者の構成がない限り、真の意味の偽装請負とはなりません。
図①は一人親方の請負契約の例、図②は労働契約の例
図③は、②の状態で元請職員から指揮命令を受けた場合は偽装請負となる。
「建設業の社会保険加入と一人親方を巡るQ&A(大成出版社)」より引用
3.一人親方は労災保険の被保険者になれるか
建設業の現場作業員の労働保険は、一般の労働保険とは違い、労災保険と雇用保険を別個に成立させる二元適用事業となっています。(現場作業員以外の営業職・事務職は一元適用事業)
労災保険は、下請の分も含めて元請が一括して工事の適用業種ごとに加入します。ただし、下請に入った一人親方は労働者ではないので、労災保険の被保険者にはなれません。
しかし、一人親方として現場作業に従事する者の中には実態として一般労働者と何ら変わらない場合があり、万一労働災害に遭遇した場合に何の保証も受けられないのはあまりにも酷です。そのため、本人の希望があれば、特別に労災保険に加入することができることになっています。一人親方等の特別加入制度と呼ばれるものです。(1年間に100日以上の労働者を使用している一人親方は、原則として特別労災に加入できません。この場合は、中小企業等の特別労災に加入することができます。)
なお、一人親方は労働者ではないので、雇用保険に加入することはできません。(労働基準法の適用もありません。)
4.建設業許可を取得した一人親方が注意すべきこと
建設業許可を取得した一人親方が請負契約を締結し、現場で労働に従事する場合は、現場においては主任技術者になります。常勤役員等(経管)や営業所の専任技術者は営業所に常勤することが求められているので、現場の主任技術者との兼任は原則として建設業法違反ということになります。ただし、一定の条件を満たせば兼任も認められます。
- 専任が求められていない工事現場に配置された主任技術者であること(税込3500万円未満、建築一式工事にあっては7000万円未満の工事であること)
- 両方の職務に従事しうる程度に営業所と工事現場が近接していること
5.一人親方に対する国税庁の対応
国税庁は、「大工、左官、とび職等」の一人親方の受ける報酬が、事業所得に該当するか、給与所得に該当するか、独自の判断基準(*1)を設けて、税務調査を実施しています。形式上は請負契約であっても実態は雇用契約と判断された場合は、税法上の給与所得となり、労働者と判断された一人親方は、雇用主から源泉徴収すべきであった税金分を徴収される可能性があります。(徴収できなければ、即ち雇用主負担)
(*1)法令解釈通達「大工、左官、とび職等の受ける報酬に係る所得税の取扱いについて(平成21年12月17日 国税庁長官)」
6.一人親方が加入する健康保険および厚生年金について
国土交通省は、「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」を令和4年3月30日に改定し、社会保険の加入について、元請企業と下請企業がそれぞれ負うべき役割と責任を明らかにしています。
その中で、元請企業は、再下請負通知書や作業員名簿、建設キャリアアップシステムの登録情報を活用して、健康保険、厚生年金保険、雇用保険の加入状況を確認し、適切な保険に加入するよう指導すること、下請企業はこれに協力することを求めています。そして、再三の指導に応じず、改善が見られない場合は当該建設企業の現場入場を認めない取扱いとすること、適切な保険に加入していることを確認できない作業員については、現場に入場させないようにすることとしています。
一人親方の場合の適切な保険とは、医療保険として国民健康保険 または国民健康保険組合(建設国保等)、年金保険としては国民年金となります。
7.その他
マイナンバーカードの取得、建設キャリアアップシステムの登録も今後は必須となると考えられます。